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「あなたは何に命を燃やすのか?-武士道の精神と神道-」

霊視×経営コンサルティングの桜賀和愛美です。

いつもご覧くださいまして、本当にありがとうございます。

 

今回のテーマは

「あなたは何に命を燃やすのか?-武士道の精神と神道-」です。

 

今日は日本人の民族の精神についてお話ししようと思うのですが、

はじめにあなたに質問しなければならない事があります。

 

あなたは日本人としての自分に誇りを持っていますか?

あなたは日本を誇りに思っていますか?

 

もし、持っていないとしたら国の成り立ちからお勉強をした方が良いです。
誇りに思っているけれど詳しく教えてくれと言われたら答えられないという事であればそれもまた、ちゃんと答えられるようにした方が良いです。

 

これは、とにかく暗記して、勉強して、知識として詰め込むことがゴールではありません。それでは知っているけれど、理解した事にはならず、頭でっかちになり、本質から遠ざかってしまいます。本当の意味で理解しきる事は不可能ですが、理解しはじめると雰囲氣が変わります。

 

何故理解しなければならないのか?

外国の人に聞かれて答えられなかったらまずいから?

そんな小さなことではありません。

 

自分のためであり、次世代のためなのです。

あなたが何の上に立ち、どんなDNAを引き継ぎ、どれだけの人間の魂の継承によって今日があるのか…。

それを知る前と後では生き方が変わってきてしまうからです。魂の輝き方が変わってきてしまうからです。

 

もしそれを知ったら、「自分さえよければいい」「今さえよければいい」なんて考えは微塵も起きず、
「次の世に何を残せるのか?」「この命を何に使うか?」を考え出す事になります。

 

日本人の血は本来霊性が高く(これは比較ではなく、性質単体での事です)、自分に何ができるのかを考える民族だったので、
今の教育とマッチしておらず、人生の迷子が出始めているように感じますが、かつての日本人の精神に立ち返ると腑に落ちるかと思います。

 

それは、武士道の精神と神道です。つまり、道ですね。

 

少し小さな話しになってしまいますが、私の高校の時の話しです。

私は幸運にも高校生の時弓道を教えてくださった師匠が大変良い師でした。

彼は常日頃言っていました。

 

「射は競うものにあらず。心が乱れれば射も乱れる。カタチが整えば射、自ずとあたらん」

 

弓道は弓をただ引いてるだけではありません。

ましてや、的を射抜く競技でもありません。

私は禅と同じだと思っております。

 

ただひたすら、雑念を祓い、昨日の自分を超えるため引く。

自身の内側との対話の日々です。

 

暑くても、

寒くても、

好調でも、

スランプでも、

 

一喜一憂せず。日々淡々と。

神前において起居進退は、規矩に従い、恭敬敬愛(くぎょうけいあい)の容儀をそなえ、
粗卒倨傲(そそつきょごう)の態度があってはならない。
女子は優雅の内に容姿凛然たることを心掛け、男子は威儀正しく、質実剛健、従容典雅であること。

※恭敬敬愛 (くぎょうけいあい)つつしみうやまい、尊敬し、親しみの心をもつこと
※粗卒倨傲 (そそつきょごう)手あらく飾りけがなく、おごり高ぶること

 

弓を引くときの射場は本当に静かで、雪が降り積もる音が聞こえるほどです。

 

しかし、同じ師から学んでいるというのに、その高校生の時同級生が2つに分かれる事件がありました。

次期部長決めを先輩方と師匠がした際、私が部長になったのが原因でした。

先輩と師匠の投票で満場一致で私になったのです。

 

正直全然予想してなかったので、呑み込めないままも部長として行動しはじめたのですが、
なんと同級生の半分が来なくなってしまったのです。

 

私は部長になったからと言って別に事務的な事などを取りまとめるぐらいで、いつもと変わらないと思っていたので、皆と協力してやっていければいいかなぁと思っていたのですが、いつまで経っても来ない。

 

他の同級生の子がその子たちの会話をたまたま聞いたというので、教えに来てくれたのですが、理由は

「ちょっと上手いからってなんでアイツが部長なの!?納得できない!」だったそうです。

 

それを聞いた時「上手いというのは認めるんだなァ」と思いつつ、とくに悲しいとか怒りとかは湧いてきませんでした。
ただ、「道」からは外れていると感じました。一体今まで何を学んできたのだろうか?と考えてしまいました。

 

何故私が上手かったのか?そして選ばれたのか?

 

それは、昨日の自分を超えようと思い、昨日より今日、今日より明日と前進していこうと、誰かと比べずに毎日部活に足を運んでいたからです。

 

後輩への責任と、部を引き継ぐ責任を感じていたからです。

 

射場や道具、神前、師匠、先輩に敬意をはらい、教えを咀嚼してより、弓道というものを見出そうとしていたからです。

 

あと、師を悲しませたくなく、喜ぶ顔を見たかったからです。

これが一番大きかったかもしれません。

師は本当に私たちのために指導を惜しみなくしてくださいました。まるで孫のように。

私はその想いに応え、成果を出したいと思ってやっていた。そうしていたら部長になっただけです。

 

ある日の冬。雪がしんしんと降り始め、けれどまだ積もりだしていない時。

 

「今日は弓道はどうだろうか?環境的には悪いけれど…。でももしかしたら、師匠は来るかもしれないな」

 

悪天候の日は射場は野外なので弓は引けませんが、そう思い部活に向かいました。

射場についたら私1人でした。

まあ、掃除して軽くやって終わらせるか。と思っていると人影が。

師匠でした。

 

「あれ?」と言うと彼はニコニコして

 

「あなたが来てるかもしれないと思ったから」と言いました。

 

その日は恐れ多くも師匠が一緒に準備を手伝ってくださり、みっちり個人指導をしていただきました。

だからと言って私が偉いとか、他の人がダメとかではないのです。

 

優劣ではないのです。

道とは己の道。己の心。

それが芯であり、常に問うところです。

 

神社が華美ではなく、ただ奥に鏡が置いてあるのは何故か?

鏡は自分の姿を映し出します。

 

「鏡は人間の心を表している。心が完全に平静に澄んでいれば、そこに「神」の姿を見る事ができる。
それゆえに人は社殿の前に立って参拝する時己自身の姿を鏡の中に見るのである」
-武士道(新渡戸稲造) より抜粋-

 

現代、日本人は日本の精神を学ばず、目の前の事に一喜一憂し、視野が狭くなっています。
この日本社会がこれほど殺伐としているのは、そういった浮草のごとく、芯を持たずに生きているからです。

 

後日、社会人になって市の射場で弓道を続けようとした時、市の射場はすっかり地元の弓道連盟の一部が私物化しており、色々難癖をつけては若い人を排除しているのを見て、「ああ、伝統を継承していく育成の心を持ち合わせていないのだな」と感じました。後世の日本の未来など考えていないのです。

 

人は物事に魂を燃やすのではなく、目的(大義)に燃やすもの。

その炎は消えることなく、いつまでも燃え続けます。

そして、本物の炎は受け継がれていきます。

 

しかしまずは、カタチを知る事。

自分の立っている地、歴史、継承してきたものを知り、

それから、己を知る事。

 

それを知った時、あなたの炎が燃えだし、「道」を歩み始める事になるでしょう。

 

あなたは何に命を燃やしますか?

 

本日のお話しは以上です。

ありがとうございました。

 

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