#25【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮

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■前回のあらすじ■

​春の七草の精霊達は、謡谷(うただに)のとある洞窟に集まっていた。
​春の七草の長、芹(せり)により、力はあるが気まま過ぎる春の精霊達を一度集めたのだ。

​表向き状況確認と穏やかに言っているが、芹には本当に確認しなければならない事があった。

​何の感情も無く自身の腕を切り落とし、何の腕か分からないものを自身に付けようとしている春の七草の一人(はこべら)に多くの春の精霊が不気味がりながらも、集会は進められた。

​安寧の当初の計画、五天布(ごてんふ)に分散されて封印された自身の力を解放し、その反動で五天布が命を落とす計画は不発に終わった。それは、穏便に進める計画が終わったとも言えた。

​春の精霊達はその事を気にかけていたが、芹と春の精霊の頭脳と言える無性の薺(なずな)が新しい提案をする。
​力を取り戻すために白天社(はくてんしゃ)の十重布(じじゅうふ)達を力の還元に使うと言った。

​安寧は毎日、下界との急激な干渉による摩擦を和らげるために主に力を使い、疲弊している事を、多くの春の精霊達が気に病んでいた。春の精霊の一人、菘(すずな)は特に、安寧を早く楽にさせたいと、気をもんでいた。

​新しい提案を知ると、気の早い者、我関せずの者、各々解散をしていったが、違和感を感じた春の七草の一人、御形(ごぎょう)はその場に残った。

​御形の様子を見た芹は、御形に「蘿蔔(すずしろ)を見張れ」と言う。

​芹は蘿蔔は他の精霊とは違い、真の神である事を強調し、七草の精霊達は封印されていたのに対し、蘿蔔だけはそれを免れ、数千年一人生き、犬御神の呪いを見守っていたという事実を伝える。

​神々の力、神々の目をかい潜る事ができるというのは、普通の事では無い。
​それに、一人別行動を取っていた事が気に掛かると言う。

​しかし御形としては、芹が何故その事を知っているのかが気になり、芹に聞くと、彼はその事を秋の守護者、五天布の白秋(はくしゅう)から聞いたという。

​驚く御形と薺に、芹は白秋の事を
​「他人の体を乗っ取る悪鬼」
​「約三千年前から魂を同じくしている者」
​と言う。

​こちら側にも、あちら側にも、計り知れない闇を感じた御形と薺は黙り込んだ。

​各々仕事にかかるが、その胸中は複雑なものであった。

​続きまして天の章、第二十五話。
​お楽しみください。

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​#25【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮


​蒲公英は、妙な夢を見ていた。


​一年前から段々と鮮明になってくるその夢は、
​日増しに現実に近くなっていくような不思議な夢だった。


​四季の姫の屋敷のような、立派な建物の中に自分はいる。
​夜の明るい帳に佇む自分の足を見るだけで、


​『ああ、今日もまたこの夢だ』


​と、理解する。


​つややかな木の廊下を素足でひたひたと歩く。
​ひんやりとした足の裏の感まであり、現実とそう変わらない。


​屋敷の中は、ここが昼間ならば朱色であろう大きな木の柱がいくつもいくつも並ぶ。
​まるで神社のようなところだ。


​何度も夢を見ているため、蒲公英は既にここの構造は把握している。
​広さはあるが、そこまで入り組んだ構造はしていない。


​蒲公英は夢の中でいつもとある部屋に向かう。
​その部屋は壁は無く、いつも御簾が上がっていて、柱と床と屋根だけの部屋の真ん中に、上等な畳が置いてある。
​誰か高貴な人が座るだろう場所だ。


​どんなお姫様か名のある人が座る場所なのか?
​とも思うが、吸い寄せられるようにそこに行ってしまう。


​蒲公英は音も無く、その一段高い畳に上がりこむ。


​するといつもその瞬間、爽やかで、滑らかな風が蒲公英を包み込む。
​いつまでもそこにいたくなるほど、心地よい場所なのだ。


​この空間は主に太い柱と、畳の広間を囲む木の廊下と、その奥に広がる星空でできている。


​水の音がし、部屋の一部に穴が開いて陥没していて、そこから綺麗な水が流れているので、この屋敷の下には水が流れていることが分かる。


​誰の家かなど、夢の中なのだから愚問だろうと思うのだが考えてしまう反面、
​寝転がっても咎める者が無いだろうと言う、妙な安心感が何故かあった。


​髪を解いて、寝巻き一枚の蒲公英は自分の意志とは関係無しに、この陥没している畳の傍で体を横たえる。


​水の流れる音。
​夜風。


​涼しげな音と、一面の青い世界。


​頬を撫でる、絹のように柔らかく、甘い風にいつも酔って、動けなくなってしまう。


​しかし、ここでいつも蒲公英は一人ではなくなる。


​この部屋の向かいに渡殿のような廊下があるのだが、その奥に真っ白な衣を纏った男がいるのだ。


​大人か、子供かと言われたら分からない。
​けれど、どちらでもないような気もする。


​彼は蒲公英が気が付くと、ゆるりと振り向く。
​顔は逆光で見えない。


​そこで夢は終わるのだ。
​清らかな星空の下、真白き衣に身を包む彼は何なのだろうか…?


​■


​「西と北で、随分と気候が異なるな。 まあ、嘗てはそのようなこともなかったようだが」


​蒲公英の隣の黒冬が、そう呟いた。
​遠くを見ながら目を細めた蒲公英は自分の足の速さを自覚していたので、黒冬に合わせようとしていたが、「私とて神の端くれ」と、蒲公英と同じ速度を保ち、とうとう八朔の地まできた。

​気持ちいいほどの速度で、ここまで…ざっと半日程度だろう。
​普通ならば未だ維摩を抜けられぬ筈だ。

​何故西に足を運んだかと言えば、維摩から白天社へ向かうには国境に深く険しい渓谷がある。
​森や、水辺には神がいる。断ってからでないと入れないことが多い。

​特にその渓谷の神が人を入れたがらず、現在はうつ田姫しか快く入れない状態だ。
​なんとか黒冬のみであれば入れたのだろうが、蒲公英がいたおかげでこうして遠回りし、八朔まで やってきたのだ。

​維摩は真っ白な銀世界で、八朔の地は色鮮やかな紅葉であった。
​蒲公英は頭がおかしくなりそうであったが、黒冬は感嘆の声を漏らす。


​「山が燃えているようだ…。爽やかな風が大地を覆っている。しかし、どこか哀愁漂うな」


​木造の見事な塔の群が南西に見える。あそこが八朔の城だ。

​この大地の最西端に竜田の屋敷はある。
​朱色の柱が立ち並び、回廊がとても多い所だ。

​上に並ぶ提灯(ちょうちん)に赴きがあって、とても綺麗だったことを蒲公英は覚えている。
​秋の姫の屋敷の庭は、見る者の心を奪う見事な美しさだ。
​陰と陽の織り成す風情は自然と心を鎮めてくれるのだが…。


​「蒲公英 ?」


​急に黙り込んだ蒲公英に黒冬が問う。


​「あ、いえ。こちらの姫と五天布様は…大変仲がお悪いので…」


​自分のことではないのに、言いよどんでしまう蒲公英。
​紅葉した落ち葉を踏みながら、黒冬はそのしなやかな腕をゆるりと組んで、涼しい風をその肺に取り込むと、盛大に吐き出した。


​「竜田姫と白秋が、か?そんなに酷いのか? それを言うならば、私とうつ田姫も同じようなものではないか」


​眉を顰(ひそ)めながら彼は歩く先を見ている。
​蒲公英は首を振った。


​「いいえ。竜田姫と白秋殿は目も合わせず、声も交わさず、お互いの存在を無いものとして接しております。 誰かを仲介せず話すなど不可能なほどの仲の悪さなのです」


​その事実を聞いた黒冬は、そうかと言ったきり黙ってしまった。

​予想以上に不仲であることと、このもの淋しい景色の合致に納得してしまったのだろう。
​五天布という者達は、基本的に自分たち以外の土地を踏む機会がほぼ無い。
​それは自らの土地を守るという役職故だが、黒冬曰く、安寧が今日日の為に互いに疎くさせる為であろう、と言うことだった。

​確かに、連携をとられることが最も厄介であることは確かだ。
​しかし、ほいほい居なくなられては困ることも確か。
​いずれが真実であるかは分からないことだった。


​「王から聞いたが、白秋が城に来たと?」


​「ええ。 ご存知無かったのですか?」


​黒冬は一度目線を外して険しい顔をしたが、ちらりと蒲公英を目だけで見て言った。


​「白秋め。安寧の召集命令をはなから無視していたのだろう。私はその時すでに渓谷を越えようとしていたからな。奴はご丁寧にも北の地を踏むため気配まで消していたのだ」


​「…」


​蒲公英は何も言えなかった。

​実際、白秋が何を考えているのか分からなかった。
​口ではああ言っていたが…

​彼の博学ぶりと、落ち着きようはいつも蒲公英を安心させた。
​武の才もあり、八朔を訪れれば必ずあれこれと良くしてくれる。
​暇さえあれば本を読んでくれることもあった。
​今ある蒲公英の知識は、彼のおかげと言ってもい いだろう。

​しかし、ふとした時、瞳の奥をざらつかせ、薄い笑顔を張り付かせていた。
​どこか急いていて、心ここにあらずな事があった気がする。
​この間の別れ際の言葉など、衝撃的ではあったが、勿論嬉しくもあった。
​しかし、正直置いていかれたような気持ちで一杯で、悲しくなったのも事実だ。

​王の言葉が頭の中木霊する。


​「分からぬでもないが…感情的にならねばよいが…」


​白秋が感情的になる理由が分からない。
​何に追われ、何をなそうとしているのかも。

​竜田姫はそういうところも含め、彼を警戒している。
​そして、互いに多くを語らなかった。
​正直、それだけではない何かを彼らの間には感じるのだが…。


​「それにしても、お前に知らぬ奴は居ないのか」


​「え? ご冗談を。知らない者など、五万と居ますよ」


​「そうなのか…?しかし、他の姫らはよしとしても、どうしてうつ田となど友になれるのだ?王には悪いが、口から生まれたかのように良く分からん事をべらべらと。 顔を合わせれば不機嫌になり、ここと言う時にあてにしてくる。良く分からん奴ではないか」


​黒冬は肩を一度竦めて、街道に通ずる坂道に足を掛けた。
​蒲公英は、ぶはっと噴出す。
​何だか小さなことを気にする黒冬が少し近しい存在に感じた。


​「黒冬様は寡黙故、 花雪とてそのお心を掴みかねているのですよ。神とて、言葉にしなければ分からない事があるのですから…」

​そういうものなのか?と言いながら、
​彼は舞い落ちる赤い葉をその手に受け取った。


​「やはり、分からん」


​黒冬は難しい顔を、更に難しくさせ、
​手を斜めにし、紅葉した赤い葉を地に落としたのだった。


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​…#26へ続く▶▶▶



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