#11【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
※当時の編集者により誤字脱字があるまま発行された部分がある書籍なので、そのまま書いてしまった部分を後ほど訂正することがあります。今回その個所を発見しましたので、修正をさせて頂きます。今後もこのような事があるかと思います。ご不便をおかけいたしますが、何卒宜しくお願い致します。
冬の大地 八朔(はっさく)の地(誤)→冬の大地 維摩(ゆいま)の地(正)
八朔は秋の土地の名前となります。
上記を訂正させて頂きました。
■前回のあらすじ■
安寧(あんねい)の疑念に満ちた指示により、
春の精霊である蘿蔔(すずしろ)が蒲公英を迎えに来た。
しかし、それを妨げる二人組の男達も同時に現れ、蒲公英を神をも惑わす、桜咲き乱れる山岳地帯「謡谷(うただに)」から連れ去った。
向かう先は、冬の四季の姫が支配する維摩(ゆいま)の地だと言う。
蒲公英を連れ出した男達二人の名はそれぞれ、秋の七草の朝顔(ちょうがん)と尾花(びか)と言った。
蒲公英は、勝手に母子山(ぼしざん)の白天社(はくてんしゃ)から出かける事もこれまで無く、夜に勝手に外を出歩いたことも無く、ましてや見ず知らずの男達に信頼などあるはずも無かった。
只ならぬ事が起きている事は薄々分かっていたが、彼らに着いて行く事に、中々踏ん切りが付かずにいた。
しかし、この連れ去りを計画した人物の名前を彼らの口から聞いた瞬間、蒲公英はひとまず話を聞きに行こうという気になり、彼らに着いていく事を決断した。
その名は、蒲公英が古くから知る友人であり、蒲公英の襟巻(えりまき)をくれた存在、冬の姫「うつ田姫」であった。
蒲公英は、うつ田姫が自ら待つという、彼女の父親の城でもある夜鏡城(やけいじょう)に向かうべく、夜の吹雪の八朔の地を、秋の精霊に着いて進んでいったのだった…。
続きまして天の章、第十一話。
お楽しみください。
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#11【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
社とは違い、要塞の門と言うのはとても大きく、頑丈で、夜は閉まっているものだ。
そして、静寂の中、門番が二人だけ立っているのが普通なのだが、今晩は様子が違った。
いつもより遥かに多く松明が煌々と焚かれ、門番どころか兵士たちが忙しなく動き回っており、まるでどこかに出陣するかのような只ならぬ雰囲気であった。
それと見た蒲公英は、半信半疑だった精霊達の話しが本当であったのだと、やっと分かり、安堵と同時に本当に何が起きているのか?疑問が湧いてくる。
松明の光と影の中にいる門の横に立つ門兵達が、精霊達に気が付き姿勢を正す。
「追手は無い。全員無事だ!引き続き警護を頼む」
尾花がこの状況に似つかわしくない、明るい声で言う。それと同時に殺気立ってサッと入って通り過ぎる精霊と、陰鬱な顔をした小さい、全身真っ黒な少女を門番達は見て、複雑な顔をした。
蒲公英は大きく息を吐いて、踏ん切りを付けたように、サッと門を潜り歩くと、城の内部を見て更に驚いた。
夜鏡城は、寝ていなかった。
庭園のあらゆる場所で松明が焚かれ、薪がバチバチと音と煙を上げて燃えている。
温かい衣を纏(まと)った兵士達が、昼間のように明るい夜鏡城で、昼間のように活動していたのだ。
きょろきょろと、蒲公英は辺りを見回す。
夜に来たことが無いので、昼間と感覚が違い、戸惑う。
と、蒲公英は精霊達が向かう先、ひと際明るく輝く部屋と、衣を見つけた。
純白の打掛(うちかけ)を纏(まと)う彼女は、漆黒の美しく長い髪を揺らしてこちらを見る。
「蒲公英!」
「うつ田様、いつから外に…体が冷えて…え…え!?」
やや釣り目の美しい冬の姫、うつ田姫は、縁側から飛び出し、雪の中をものともせず、蒲公英めがけて駆け寄ってきた。そして、あらん限りの力で蒲公英を抱きしめた。
冬の姫君が侍女の傘を待たずして駆け寄る姿に、精霊達も兵士たちも、皆、目を丸めてその光景を見ていた。
「心配したぞ、蒲公英。怪我は無いか?…寒くは無いか?」
うつ田姫は体を離して、蒲公英の腕を掴みながらあちこち怪我の有無を確認し、その触れる衣が冷たい事に気が付いたのか、立て続けに心配をしてきた。自分の打掛を脱いで、蒲公英の肩にかけようとまでしてくる。
蒲公英は慌てて、その手を制した。
「花雪(はなゆき)。何も心配無い。私は未だ、何が起きているのか分からないほどだよ」
蒲公英がそう言うと、うつ田姫は少し長く、細く、ほー…と、深く、深く、息を吐いた。
しな垂れていく柳眉を見て、蒲公英も微笑む。
彼女の温かい、白い吐息が、冷たい風に流されていくのを見て蒲公英が体の心配をすると、やっと傘を持った侍女がうつ田姫に追いつき、その肩を抱いて部屋に促す。
うつ田姫は声も無く、何度も頷くと、その冷え切った手で蒲公英の手を取り、城へと促した。見知った顔にほっとするも、少し震えるうつ田姫の手に、蒲公英はこれまでの自分を少し反省し、改めて気を引き締めた。
思ったよりも、自分の知らない所で大変な事が起こっており、自分は知らずその渦中にいるのだと再認識したのだ。
城という城は全て、四季の姫達の屋敷が出来てから千年ほど後に建てられた。
それまでは統治という制度そのものが無く、四季の姫達も一介の神の部類として「四季女(しきめ)」などと呼ばれていた時代もあった。
全てが変わってしまったのはその頃からだろうと皆言うが、どんなに古い神でも、流石に四千年前には誕生しておらず、「如月の祝典」が本当にあったのかどうか知っているのは、先ほど出会った蘿蔔以下、春の七草と、その昔、大地の女神がその手で創造したと言う精霊のみだった。大体、四千歳というのも信じがたいものがあるが、あの神通力を考えると簡単に否定もできない。多くのものがそんな認識であった。
格差の無いはずの千蘇我の地に、歪みが入った。
徐々に歪曲する世界。
それは、千蘇我の地に生きる者、誰一人としてずっと気づかなかった、
重大かつ深刻な事実だった。
押しつけがましくなく、さり気なく美しい飾り彫りがされた屋根を支える横木と梁。
それが天井、廊下、あらゆる部屋に続く夜鏡城内部。
そのほとんどが、草花や動物の柄になっており、冬の厳しい時期を長く部屋で過ごす事になる維摩の地ならではの芸術である。
持て成しに心を配る秋の地八朔の白鏡城(はっけいじょう)のように、客人が来るたびに畳を総張り替えするなどという事は無いが、廊下は黒光りし、障子や襖に汚れ一つなく、清潔で、いつもどこからか、深い、香の良い香りがしてくる。
北の武士は静かな中にも激しさを隠すと言われており、城はそれを物語るようだった。
だからこそ、今、蒲公英の目の前で歩いているうつ田姫は少しこの雰囲気に似つかわしくなかった。
彼女の屋敷はここから更に北。
蓮の池に囲まれた木造平屋だ。
素朴さを好む性質は冬の者の特徴なのか、着物や丁度品、屋敷に至るまで、春の姫の佐保姫(さほ)や、秋の姫である竜田(たつた)姫のように色鮮やかで華やかではない。かと言って、情熱的で品のある快活な夏の姫、筒姫とも違う、無駄を極力省いた、単純で極小なわびさびの世界で麗しい色香を持ち、怪しげなまでの魅力をかもし出すのが冬の姫、うつ田姫だった。
喋らなければ…の話しではあるが。
彼女は竹を割ったような性格で、嫌なものはハッキリと「嫌」と言う性質であった。おしゃべりが好きで、好ましいと思った者にはとことん良くする性格であり、どことなく蒲公英は蓮華と似ていると思っている。
いずれにせよ、彼女とこの夜鏡城はあまり似合わないと感じてしまう。
城の中を少し歩いたかと思うと、王とその関係者しか行けない廊下を進んだ。
その先、部屋が無いと錯覚していた廊下の壁の向こうへ、うつ田姫が入り込んでいき進んでいくと、
何とはない荷が置いてある突き当りの手前に、床下収納の扉のようなものが廊下にあった。
そして、その前で灯りを持って小姓が控えており、二人の姿を確認するとスッと膝を付いた。
長い漆黒の垂髪を揺らして、うつ田姫が蒲公英に振り返った。
長く黒いまつ毛に囲われた目が、そっと笑む。
真っ白な肌、赤く薄い唇。北独特の顔立ちで、良く知る蒲公英も見惚れる美しさだ。
「この先の地下の部屋は、万が一の時の為の部屋での、四方を五色石(ごしょくいし)の白石(しらいし)で囲んでおる。それも、一枚岩での。何故かは知らぬが、ここが一番、安寧の千里眼を謀(たばか)れる、安全な場所なのじゃ」
五色石というのは、四方の四季の屋敷がある土地にだけ存在する石で、そこでならそこら中にゴロゴロとある石である。蒲公英は昔、佐保姫に見せてもらって知った。
力がある、神が宿る、などと言われているが、千蘇我の者達は誰もその効力を見た者はいなかった。
白石と呼ばれているのは、種類の話しだ。
しかし、細かな石は見たことがあっても、流石に一枚岩とは流石に蒲公英は驚きだった。そんな大きな五色岩を、きっと、この千蘇我の誰もが見たことが無いだろう。それとも、四季の城には皆ひっそりとこのような地下を持っていて、そのような部屋をこしらえているのだろうか?
床下の扉を開けると、白い石でできた空間が地下に続く。小姓が先頭に立ち、壁の蝋燭に灯りを灯しながら歩く後ろを歩いていく。白い石は少し、透明や半透明な部分もあり、金や黒の粒が輝いている、不思議な石だった。
暫く降りていくと、目の前に観音開きの大きな白い石の扉が現れた。
見上げるほどの大きな戸の中央には、龍と麒麟の彫り物が施された真っ白で円い石が改めて埋め込まれている。
それに違和感を覚えながらも蒲公英が見上げていると、うつ田姫はその戸の目の前まで行き、戸に触れた。
「我が魂は天地間の黒織(くろおり)なり」
合言葉なのか、呪文なのか、うつ田姫がそう扉に向かって言うと、彼女から何故か懐かしい気を感じた。それが何かは分からない。とても懐かしい感じと、冬の香りがその気と共に四方に駆けて行った。
うつ田姫の体が精霊よりも光るのを見て、蒲公英は失礼ながら改めて「四季の乙女」なのだと思い知った気持ちだった。
これまで、彼女たちの先読みや占いばかり見ていたので、神通力を見るのが初めてだったのだ。
いや、彼女たちに限らず、生まれてこの方、神と呼ばれる者達ですら、力を使ったのを見たことが無かったため、蒲公英は改めて彼らが名ばかりでは無いのだと思い知った気持ちだった。
しかし、そんな蒲公英の気持ちは露知らず、うつ田姫は難なく開く扉の前で涼しい顔をしている。
この千蘇我において、このような事は知る人は知っているのだと、蒲公英は世界の違いを思い知った。
うつ田姫に促され中に入ると、小姓は扉の前で膝を付き中には入ってこなかった。
入ってすぐに気が付いたのは、床に広がる香の雲だった。よく四季の姫が先読みや占いの時にこの香を焚いている。それが足先を薄っすらと包み、流れて行っている。
まるでそれを踏まないようにするかのように、蒲公英はそろそろと中に入るが、周りを見て更に驚いた。
天上は高さは無いが、その広さは相当なもので四十畳はあるかと思われるほどであった。
その上下左右が、真四角の真っ白な一枚岩に隙間なく囲われている。
こんな建造物は白天社にも無く、驚きを隠せない蒲公英はきょろきょろと見回してしまった。
灯りが灯っているとはいえ、少々薄暗いその部屋には、人が十何人かいるようだった。
その事に少し気おくれするが、しかしそれよりも、真正面のひと際明るい灯りを背負って立派な椅子から立ち上がる人物に、蒲公英は狼狽し、頭を垂れた。
冬の大地の維摩(ゆいま)の統治者、颪(おろし)王である。
「蒲公英、久しいな。…このような形で会うなどとは、夢にも思わなかったがな」
慌てて蒲公英が膝を付こうとすると「良い、良い」とと颪王は掠れた笑い声を短く上げて、手招いた。
自らも歩を進める王に、床に両側に均等に座っている者達が頭を垂れる。
近くでよく見ると、ほとんど知らない顔だった。
橙の燐が微かに動くたびにくゆるので、精霊である事は間違いないだろう。
彼らは物珍しそうに蒲公英の顔を見ていた。
全身を黒く長い着物で包んでいる颪王は、長身な上に、うつ田姫と同じく、黒く艶やかな長髪を持っている。
威厳のある顔立ちもあり、それが更に颪王を大きく見せた。
近づけは近づくほどそれを実感した蒲公英は、畏れを覚え、膝を床に着くと、目の前まで来た颪王はその長身を屈め、蒲公英の肩に手を乗せた。
「長旅、ご苦労であったな。蒲公英よ。不自由な事は無かったか?」
娘であるうつ田姫と同じ気遣いをしてくれる颪王に、蒲公英は恐縮のあまり顔を上げられず
「お、颪王におかれましては…」
と、答えにならない言葉しか出てこず、颪王はまた笑うと、「堅苦しい挨拶は良い」と言いながら蒲公英に立つように促し、奇妙な集会の列の一員となるべく、席を促した。促された場所には、毛皮が敷いてあり、暖かそうであった。
颪王はさっと踵を返し、香の雲を波打たせながら元の椅子に戻った。それと同時に立って見守っていたうつ田姫も、蒲公英の隣に腰を下ろした。
「さて、無事に役者が揃ったな。藤袴(とうく)」
「は」
藤袴と呼ばれた男は、黒と白の混ざった髪をひっつめ、烏帽子の中にきっちりとしまい込んだ風体で、巻物や書物持ちながら薄目に「ひぃ、ふぅ、みぃ…」と手早く人数を数えると、颪王に頷いた。きりっとした太い眉に、鋭い光を宿した目を持つ彼は一見強面に見えるが、はて、と首を傾げる姿は少し可愛げがある。
「長、また随分お早いご帰還でしたな」
この精霊の中で二番目に大きい尾花を見ながら、藤袴は早口に問いかける。
「ん?ああ。そうだろ?急いだからな」
尾花は笑顔でそう答えるが、藤袴は半眼になり、聞く相手を間違えたとばかりに顔を顰め、サッサと朝顔の方を向いた。未だに取り付く島も無いほど不機嫌そうだった朝顔も、流石に組織の頭脳には素直にならざるをえず、ため息をついてからぽつりと言った。
「…春の、蘿蔔がいた」
瞬時に凍り付く空気。薄明りの中、誰もが厳しい顔をしているのが見える。
藤袴が少し考えていると、うつ田姫が口を開く。
「蘿蔔と言うと、春の七草の精霊じゃな。神に近いと言う。そのような者と相まみえて、無傷とは。お主らも隅に置けぬのぅ。よう戻ってこられた」
うつ田姫がそう褒めると、いやいや。と、尾花は苦笑する。
「全然無事じゃありませんよ姫ぇ。大変だったんですよ?俺じゃないけど。ほら、朝顔の仏頂面のほっぺに、こんな傷が」
尾花は至極、真面目に言ったつもりであったが、彼の中で同意を得られるはずで見た朝顔の顔は、尾花の予想外に、憤怒の形相で尾花を睨みつけていた。そのやりとりに、藤袴を始め、チラホラと深い溜息がこの部屋に木霊した。
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…#12へ続く▶▶▶
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