＃30【巍峡国史伝】天の章　伏せる月、ふるえる睡蓮

2023年12月29日 2023年12月29日 Tomono

■前回のあらすじ■

一人の男に襲撃され、白天社（はくてんしゃ）は炎に包まれ、生徒達は皆絶命した。

訓練場で皆で寝ようと提案した八日月（ようかづき）は、急に十六夜を背後から切りつけると別人となり、襲撃した男に「佳客（かきゃく）」と呼ばれ、かしづき、夜闇に消えて行った。

混乱する十重布達の目の前で、十六夜から白い球が出たかと思ったら男の首に下がる袋にそれは入っていった。

男は「怨むなら逃げ回る五天布や、こんな形で安寧の力を封じた龍をを怨め」と言う。五天布にかけられた封印の代理で、十重布の命が安寧の力の解放に使われる事をほのめかす。

圧倒的な力量と、非情なまでの残虐さに、十重布達は後手に回る。

更に男はこう言った。

「本来あるべき姿とは程遠いこの世で、知らず蝕まれる我ら千蘇我の子は、今こそ奮い立ち、元の世界に戻るべきなのだ」

十重布が次々と倒されていき、残りは長の十三夜（とみや）と、二十三夜（はつみや）のみとなってしまった。

二十三夜があまりの恐怖に男に考えを問う。
すると男の回答は「長の十三夜は分かっている」というものだった。
十三夜は男の問いに対し、千蘇我の事をこう言った。

「死も、病も、格差も無い世界。喜びしかない世界であろう…？」

「半端な世界なのだ。今のこの千蘇我は。神になりきれぬ神と、精霊と、人間が悪循環を生んでいる。本来のあるべき姿ではない」

その言葉に二十三夜が絶句し、来たる終焉に十三夜が覚悟を決めていると、
唐突に夜闇を割いて、十三夜を呼ぶ声が響き渡ったのだった。

続きまして天の章、第三十話。
お楽しみください。

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＃30【巍峡国史伝】天の章　伏せる月、ふるえる睡蓮

死を覚悟した十三夜の前に、鈍色に光る刀が見えた。
目の前の男に向け札を投げつけ、刀を突き立てる動きはさして俊敏ではないが、彼女の登場は稲妻の如く、空気を裂き、何かを変えた。

「臥待（ふしまち）…？」

十三夜が唖然としてそう呟いている間に、目の前の男は思わぬ奇襲に反応が遅れ、脇腹に一撃を食らっていた。よろける彼の腹部からは血と共に焼け爛れたような傷口が見える。更に臥待は隙を与えず切り返した。それも男はさけたが、腕も傷つけてしまったようだ。男は不意を突かれたようで、かわしながらも舌打ちをしている。

「気を確かに! 諦めてはなりません!」

臥待の言葉に十三夜は、はっと顔を上げた。

「しかし、我らはたった三人。生徒は…皆殺されてしまった」

呆然と十三夜が言うと、臥待は煤（すす）だらけの顔の瞳を燃やし、真っ直ぐに十三夜を見る。

「…何があろうと、我らは師として生きていく。…そうではありませんか？」

十三夜は頷いた。涙は拭わなかったが、しっかり目に火が灯った。
二十三夜も同じだ。

「お前は…何故、力が…?…ほう、なるほど。意外な…。春草の加護か。運の良い奴め。しかし、それもここまで。数が揃ったようだな。運のよい主らに特別に、私の名を教えてやろう。私に一撃を入れられた十重布は初めてだからな」

全く所属も分からない、降って湧いた男の正体。三人は身を乗り出した。
この千蘇我で十重布全員が全く知らない存在など、ほぼ無いと言えた。しかし、誰もがこの男を知る気配は無かった。それにもずっと引っかかっていた。

白天社の何かが炎で爆ぜ、建物が大きく崩れる音がした。
その熱風に、臥待は目を細める。

「我が名は宗固（そうこ）。精霊でも神でも、人でもない。主らには闇者の類となるか。安寧は我が主を浦安の神（うらやすのかみ）と呼ぶ」

「馬鹿な…！？神だと！？…浦安…？」

臥待が驚くと、隙が出来た。
そこを見逃す宗固ではない。

「臥待！」

何が起きたのか、臥待には分からなかった。
ただ、凄い衝撃であったと言える。

視界が揉みくちゃになる中、臥待は意識を投げ出した。

全て、抹殺した。

宗固は首の袋に入っていく3つの白い球を見て、短い溜息を吐いた。
そして、少し離れた所にいる人物に声をかけた。

「私としては、主に会うのが次の目的であったのだ。…しかし何故、人間の女に加護など与えたのだ」

うすら笑う宗固を横目に、仏の座は何も答えなかった。

「蘿蔔の次に産まれた春の精霊。その力は他の比ではないそうだな」

とうとう、雨が降ってきた。並みの量ではない雨だった。
雷雲と共にやってきた雨雲を見上げて、宗固は嫌そうにする。
仏の座は舌を少し出してその雨を飲んだ。

「…天橋立…下界の影響か。生命を育む要素がまるでない。ただ感化されただけの水だ。…お前もか?」

宗固は肩を竦めた。

「…利己的だな。否。古い神の主の下、統一したある目的を果たすべく動いておる」

「…何故我らに加担し、その上、犬御神を保護する？」

宗固は少し目を丸くするが、直ぐに肩を震わせて笑った。
とは言っても、目は笑っておらず、お互い警戒をしたままだった。

「よくご存知で。流石は、神のタビラコだな。確かに、一人犬御神の保護に向かった。奴には最後まで生きていて貰わねばならんからな」

「目的は何だ?」

「真に千蘇我を憂う者、とでも言おうか。これ以上のお喋りは、命賭けて貰うぞ？」

彼が抜刀すると、水しぶきが弧を描いた。

しかし、仏の座は構える素振りを一切見せない。
ちらちらと、若草色の粉が上に上る。

宗固は舌打ちをしながらも、再度不適な笑いを浮かべ、また水飛沫を上げながら刀を納めた。
宗固は肩を竦めつつ、何も言わずに闇に消えていった。

仏の座は宗固が去るのをじっと見た後、組んでいた腕を腰にやり、大きく息を吐いた。

「狸が…。しかし、どうするか。…助けておいてなんだが、穴埋めが果たして出来るのだろうか?」

ちらりと仏の座は臥待の方を見る。

『何故、助けてしまったのか…？』

臥待は余りに感情を露にし、生に執着があった。
今を生きようとするだけで、何故、精霊以上の輝きがあるように見えるのだろう？
その眩しさ故にまだ見ていたい気になったのだろうか？
大地の女神復活のため活動をしているのに、これでは妨げてしまう。

未だ炎を上げる白天社の前を仏の座は通り過ぎ、間に紛れた。

影だけが揺れる、物言わず折り重なる十重布の中。
臥待を庇い、その身を刀に貫かれ十三夜は石灯籠の傍にうつ伏せになっていたが、臥待の姿はそこにはなかった。

明日は、水無月の一日であった。

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…＃31へ続く▶▶▶

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