#01【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
歴史ファンタジーを、前世の記憶と共に自動書記で書き上げた小説、「巍峡国史伝」本日第一話を公開致します。
事の始めは、私の前世の断片的な記憶を「もっと鮮明に思い出してみよう」と思い、そして思い出したところで、「記録しておこう」となり、文章化しました。
夢で前世を見る事もあり、その度に書き記していると「ちょっと面白いのかもしれない」と思い、どんどん繋げていきました。
物語を最初はペンで書こうと思っていましたが、どんどん頭に浮かぶものを書いている内に手が追いつかなくなり、(昔の物書き達はどうしていたのでしょうか…?)それにヤキモキしている間にパソコンが出てきて、出てくるものを漏らさないように記録しようと思って書いている内に、どんどんブラインドタッチ力が上がってきました(笑)
家族は私のブラインドタッチを初めて見た時、キーボードで適当に遊んでいると思ったらしいです。覗き込んでみると本当に文字を打ち込んでいる事に気が付き、その時は大変驚愕したと聞きました。
指が止まると頭の中にあるものが過ぎ去ってしまう…。
速く、もっと速く追いつかなければ…!そんな感じでした。
しかし、最初は「書こう」と思っていたものが、今度はどんどん勝手に物語の中の事が動き、人物が動くようになっていき、とうとうほぼ無我の境地で書いておりました。
家族も声がかけられないほどの、異様な雰囲気だったとの事です。友野に「自動書記」と言われて、初めてどのような事が起きていたのか知った次第です。
さて、今回のお話しはまず、主人公が生活を営む大地の異常事態から、主人公の主と、その地の主要な人物達の会議から始まる…。のですが、主人公は蚊帳の外です。
本当は主人公の彼女こそ、このお話の最も重要なキーパーソンなのですが、今はまだ、ほぼ誰もその事を知らないのです。
ちなみに、最初からかなり飛ばして伏線が沢山あります。
是非その点も追々楽しんで頂ければと思います。
それでは天の章、第一話。
お楽しみください。
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#01【巍峡国史伝】天の章 伏せる月、ふるえる睡蓮
満開の桃の花。錦(にしき)のごとく、華奢(きゃしゃ)な枝に鈴なりに咲き乱れる。
どこまでも澄んでいる遠い空には、同じような綿雲が、
ゆっくりと地上に影を落としながら蒲公英(ほくよう)の頭上を通り過ぎて行った。
眼から感じる春は、光の春と謳(うた)われる如月(きさらぎ)を満喫しているのだが、
吹きすさぶ風だけは冬のように冷たく、蒲公英は真っ黒な羽織を肩に掛け直し、縁側で足を組んだ。
睦月から始まる千蘇(ちそ)我(が)の春は、如月まで来てようやく花も賑わってきた。
鶯(うぐいす)が滑るように空から舞い降り、桃の鈴を鳴らしながら枝枝を飛び回る。
花で噎せ(むせ)返るほどのこの屋敷は、蒲公英の家ではない。
千蘇我という地は、ほぼ菱形の形をしているのだが、その四つの先端にそれぞれ「四季の姫」と呼ばれる者達が屋敷を構えている。
四季の乙女の「位」及び、四季の乙女の「名」は、名前・力・仕事を代々継承していき、この地を守り、存続している。
なので彼女らには幼名、もしくは本名がある。この継承は、数千年前からこの千蘇我で行われている。
彼女らの使命は四季を紡ぎ、その季節になれば各々恩恵を齎(もたら)す事。
彼女らの伝統的な敬称は東西南北の順に、
春の乙女「佐保(さほ)姫」
秋の乙女「竜田(たつた)姫」
夏の乙女「筒(つつ)姫」
冬の乙女「うつ田姫」
と、呼ばれている。どの方も、美しくも誇り高い姫君たちである。
今蒲公英が待ち人をしている縁側の屋敷は、春の乙女、佐保姫のお屋敷。
蒲公英は今、お邪魔しているに過ぎない。と言うのも、今、千蘇我はその四季の地域それぞれの季節に支配され、季節が巡っていない状態なのだ。
一部地域では半ば孤立している地域もあるとか。勿論、四季の姫達が故意にしているものではない。
この千蘇我の歴史上初めての事に、「天災か」「天変地異か」と、現在この地に住む者達は上に下にの大騒ぎとなっている。
なので今、佐保姫の屋敷にてその会議が行われている次第だ。
蒲公英はその会議には参加していない。会議に参加している主を待つため、
こうして勝手知ったる佐保姫の屋敷の見事な桃の花の咲く縁側で、暇を持て余しているのである。
張り切って羽化した蝶が、白い羽をはためかせ、庭園を無邪気に通り過ぎてゆく。
蒲公英は肩を落としながら、小さく息を吐いた。
この地には、「己(おの)が領分(りょうぶん)を弁えよ」という常識がある。
産まれた場所と地位を誇りとし、全うするのだ。神と民が混在するこの世界で、それは確かに必要な事かもしれない。
けれど蒲公英はいつもそれで歯痒い思いをしていた。
蒲公英が仕えているのは、この千蘇我を創り上げた「大地の女神」の子孫と言われている安寧(あんねい)だ。
安寧はその力で神々や、四季の姫達、それぞれの神や、位の高い存在達の近衛達を、
陰ながら纏(まと)め上げるほどの器量の持ち主で、自らそう名乗らないが「神」であった。
捨て子であった蒲公英は容姿だけでなく、この嘘のように美しい安寧に拾われて育てて貰った。
安寧は白天社(はくてんしゃ)という社をこの国の中央の山頂に建て、そこで能力ある者を育てている。
だが、蒲公英はここには入れられずに小姓兼護衛として傍に置かれる事となった。
どさり、と、縁側に仰向けに寝転がる。屋敷は静かなもので、誰が来るわけでもない。
長い年月この屋敷を見守って来たであろう、黒く年季の入った梁(はり)や、吊り灯(つりとう)篭(ろう)が蒲公英の視界に入る。
外界と内を仕切る綺麗な一間(ま)と三尺(さんしゃく)の御簾(みす)が、冷風に煽(あお)られて音も無く揺れた。
遠くから子供の数え歌が聞こえてきて、更に虚しさが増す。
溜息を吐いた。
暇を通り越して、最早発狂寸前である。
身動きする度に腰骨に当たる、右に差した牡丹唐草の刀を引き抜き、胸に置いた蒲公英は、今度こそ目を閉じた。
最近、頓(とみ)に考える自分と言う存在。この世に生を受けた理由や、このままの自分で何が出来るのかを、よく考える。
白天社は師弟で構成されている学校のような場所だ。師弟は合わせて五十名ほど。
この地で能力ある子供が毎年集められ、彼らは親元から離れ毎日学んでいる。
そこの者らには大変よくしてもらっているが、捨て子の、小姓の身分で安寧にの傍に常に付き従う蒲公英に、眉を顰(ひそ)める者は、外にも内々にも少なくない。
努力して護衛の術や、小姓としての礼儀を学べば「流石安寧様の…」と言われる。
しかし、出過ぎた口をきく、出過ぎたことをすれば、「領分を弁えよ」と言われる。
結局、安寧の七光りという存在なのだ。
蒲公英は、それを仕方ないと諦めるのが癪(しゃく)だった。
これだけ近くにいるのに、母である安寧を助けられない。
努力をしたところで「領分」があるので、その線の内側にいるしかない。
こうして、外で待つしかできない身なのだ。
どこかいつも虚しさと憤りを感じる。そんな毎日のような気がする。
猫が足にすり寄って来たが、蒲公英は相手をするのも億劫で、そのまま目を閉じ続けた。
目を閉じていても、微かな足音で覚醒してしまうのは職業病と言っていいだろう。
衣擦(きぬず)れの音がする。知っている者の歩幅と足取り。それから、決定的な彼女特有の簪(かんざし)の飾りの音。
心当たりのある安寧ではない足音を聞き、蒲公英は「会議が長引いているのだな」と理解すると同時に、
そのまま目を閉じて寝転がっていても良いと判断し、そのままの姿勢で彼女が訪れるのを待った。
ちょっとした、悪戯心だ。
不満気な態度を少しでも見せつけてやろうと思っての事だったが、彼女にとっては恐らく、ただ自由気ままに見えているだけだったのだろう。
「ふふ」という笑い声がした。思わず蒲公英も笑いそうになる。
相手は直ぐにこちらに声をかけなかった。何かモソモソとしている音だけが聞こえた。
しかしややすると、冷たくも弾力のあるモノを蒲公英の瞼に乗せてきた。相手はまた「くすくす」と笑っている。
蒲公英は瞼(まぶた)の上に何が乗っているのか分かってしまい、思わず観念して笑ってしまった。
時折もそもそと瞼の上で動くそれを外され、目を開けると…。
そこには佐保姫の嬉しそうな顔と、何をされているのか全く分かってない、無愛想な顔をした三毛猫が、逆さまに蒲公英を覗き込んでいた。
佐保姫は、猫の両前足の肉球を、蒲公英の瞼の上に乗せていたのだ。
今までの気分が嘘のように、蒲公英は心から笑った。
佐保姫と蒲公英は大笑いをしているが、こんなくだらない事に利用された猫は更に不貞腐れたように、温かい陽だまりのある縁側へと歩いて行ってしまった。
「由緒正しき春の屋敷で、大の字となり、ぐーすかと寝ている貴女はどこのどなたです?」
佐保姫は春を思わせる雛(ひな)色の打掛(うちかけ)を着て、茜色の帯をしていた。
金の簪(かんざし)をしゃらら…と鳴らしながら、彼女は茶目っ気たっぷりに腕を組む。その仕草が上品かつ、何とも可愛らしい。
牡丹色の頬、赤子のように大きな瞳。相変わらずの彼女に緩む頬は隠せない。
蒲公英は彼女を見た後、最低限の装いはできているだろうか?と、自身の身嗜(みだしな)みを見た。
『あの猫…』
黒い服に猫の足跡の形に土が付いており、叩いて払う。
いつの間にか少しだけ寝ていた時があったようだ。
心の中で猫に悪態をつきつつ、蒲公英は言う。
「春のお姫様。野良猫に一時の日向ぼっこすらご容赦頂けないのですか?」
口を尖らせながらも足跡を払い終えると、蒲公英は刀を左脇にゴトリと置き、佐保姫に肩を竦めて見せた。
佐保姫は笑いながらも、蒲公英の癖の強い短い髪に、つい、と手を伸ばし、頭に乗っていた桜の花びらを一片摘み上げた。
少し複雑な顔でそれを見ると、佐保姫は「ふ…」とその花びらに細く息を吹きかけ、風に流した。
蒲公英は「そんなものも頭に乗せていたのか」と、頭部に左手を乗せる。
「誰もが羨む安寧様の護衛様が、貴女にとっては野良猫になってしまうのだから、本当に変わった人ね。蒲公英って」
いや、そういうわけじゃないけど…。
と、蒲公英は小さい声で言いつつ前かがみになり、膝に肘を乗せ、庭園を見た。
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…#2へ続く▶▶▶
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